リンのモザイクと初期キリスト教会跡

◆ことの発端

目の前に開けた大パノラマの中に赤い屋根と白壁の可愛らしい家が並ぶ。私が初めてリンという村のことを知ったのは、2018年5月、ティラナの病院で虫垂炎の処置をしてもらい、何とか退院して、帰国のため陸路ギリシャに急いでいた時でした。対岸に見えているのは、北マケドニアのオフリドの町です。
オフリド観光の予定は、入院のため果たせませんでしたが、私を自家用車で送ってくれたWander_Albania社の社長氏が「あれがLINだ。古い遺跡もある」と言うのを聞いて、遺跡に目のない私は、まだ見ぬオフリドの町以上に強く再訪したい、との念に駆られたことでした。
そして今年(2019年6月)、まさにアルバニア再訪の計画を練っていた最中に、LINを含むオフリド湖のアルバニア側が、先に指定されていた北マケドニア部分を延長する形で、世界遺産に指定されました。
「何としても行ってみたい。」ますますつのったその願いは叶い、8月頭、この景色の撮影となりました。急なお願いでしたが湖畔のゲストハウスに泊まることができ、丘の上からの景色や文化財、村人と触れ合いは、はるかに期待を上回るものでした。

 

◆イリリア人の時代から綿々と続く暮らし

小高い丘に登ると、ヨーロッパで最も古い「古代湖」のひとつであるオフリド湖の大パノラマが開けます。そこには第三紀(6430~260万年前)に遡る固有種が数種生息していると、UNESCOのサイトは記述しています。発掘調査の結果、このとても小さな半島の東側(写真の右側)には、鉄器時代初期(BC12C頃)からAD7C頃まで続いたとみられる集落跡が確認されました。それは、アルバニア人の祖先と言われるイリリア人の時代から、ローマ・ビザンチンの時代になります。
今のリンの集落は半島の西側(写真の左側)に集中しています。東側にだけ集落があったということは考えにくいですから、おそらく、いまの集落も、家の下を掘れば古代の遺構がゾロゾロ出てくるのでは、と考古学ファンの私は考えるのです。そして、お目当ての教会遺構はこの半島の上(ちょうどこの写真を撮影している位置)にありました。

 リン半島より。北マケドニア方面

 

◆初期キリスト教教会(Paleo Christian Church)跡

これが、その遺構の一部分です。
1967年に地元の考古学博物館長によって、初めてその存在が確認されたとのことですが、おそらく地元の人はその何百年も前から何かあることは知っていたのでは、と想像します。発掘調査は翌68年から始まり、4年後の1972年にはほぼ調査が終了しました。全容を現した初期キリスト教教会は、3つのアプス(祭壇)と独立した洗礼堂を持つバシリカ(Basilica:長堂式教会)で、床は鮮やかなモザイクで覆われていました。AD6C初期に栄えたものとわかりました。

別の部分を撮影した、やはり教会跡です。筆者は考古学の素人ですが、遺跡の楽しみ方については、過去30年間、地中海地方の旅でお世話になった数多くのガイドさんから同じアドバイスを受けました。それは、想像力を逞しくして訪問する、ということです。このように建物の基礎は石造りのため残っていますが、その上の構造物は木造のため、残っていません。この石組の上に、大きなビザンチン様式の教会が鎮座していたのです。皆さんも目をつぶって想像してみましょう。
また、今写真に写っているところは、全て1967年以降の修復です。修復するときは、あくまで、合理的に(その形であったことがわかっている範囲で)、オリジナル部分とは区別できる形で、そこが修復であることがわかるように行います。地中に掘られた中を覗くと、オリジナルの部分かと思われる箇所も見えていました。

 

教会の想像図(模型)です。皆さんの想像と比べて、如何ですか?この写真は、このブログに記している情報の大部分を依拠した、
“The Mosaics and the Basilica of Lin” -Uliam Chikopano, First Edition 09/2015 English Version に掲載されているものです。
上部は木造、と言いましたが、壁の上まで石造りだったように見えますね。

 

◆パストフォリウムの床を飾る見事なモザイク

パストフォリウムとは、初期キリスト教会にのみ見られる多目的な側室で、福音書や典礼に使用される器具を保管した場所です。現場では、西側の入口を入ってすぐ左側にありました。その床は、鮮やかなモザイクで飾られています。この教会はその床のほとんどがこのようなモザイクで覆われていたと考えられ、実際、まだ多くが残っていますが、その大部分は保存のため、砂を被せられています。しかし、訪問した時、それは幸運にも堂々とその威容をさらけ出しており、私たちの目を楽しませてくれました。
中央のひし形の中に描かれている模様は「聖餐」を象徴したもので、盃から葡萄の枝と実が溢れ、家禽が配されています。このような模様は、アルバニア、北マケドニア周辺において6世紀初頃、たくさんの教会で使われたとのことです。
また東側(写真右上)に向かって突き出ている部分は、真ん中に魚のうろこの模様があり、それを交互に入れ違ったユリの花が飾っています。この模様はローマ時代のモザイクではAD2世紀ごろに現れる、非常に古いものです。ここはcommunion(聖体拝領)と呼ばれる一角で、これも初期キリスト教会の特色を示しています。

 

◆リンに泊まる

  

教会跡のある丘からは、眼下にリンの村が見えます。湖畔に立つ、まだ新築と思われるゲストハウスで、おかみさんに幻のマス「コーラン」(オフリド湖だけに生息する天然のマス)の手料理をご馳走になりました。

 
 
食堂兼リビングの壁には、ゲストハウスを切り盛りしているご主人とおかみさんのナイスな油絵が掛かっていました。背景はさっき見てきたリンの村の風景です。幸せのおすそわけをもらったようななんともほのぼのとした気分になりました。ご主人とマスの写真でこの小稿を終わります。
©新谷恵司
 
 
最後までお読みいただきありがとうございました。どうぞコメントをお残しください。

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